ゲイと山と、それから、

アラサーゲイが、趣味の登山やゲイにまつわるあれこれを日記にしています

社会人を振り返る ~車掌時代は人で苦労した~

 

車掌試験にパスして駅を卒業し、知識と技術を学ぶ1か月の缶詰研修に入った。入社同期が大半を占める登用前研修は、ひさびさに顔を合わせる同期と過ごすこともあり、まるで学生時代の合宿かのように和気藹々としていた。

そして、研修も半ばを過ぎたころ「師匠」が発表された。乗務員の見習いは「師弟」方式を取っていて、一人で乗務できるようになるまで一人の先輩がマンツーマンで専属指導してくれる。その先輩を「師匠」と呼ぶ。

 

 

研修が終わって職場に出社した初日、オリエンテーションがあった。現場長からの訓示や管理者から細かい規則の説明の後、師匠との顔合わせがあった。一回り以上歳の離れた師匠は無口で、一通り出身駅などの自己紹介が終わると会話が続かなくなった。周りの同期たちは和やかに師弟で話しているというのに、自分たちだけ異様な雰囲気だった。2カ月近くの見習い期間に暗い影が差した。

 

後々分かったことだが、この師匠は弟子を持つのが2回目で、1回目の弟子とはとことん反りが合わなかったという。あまりに衝突が絶えなかったため、今年は師匠にするかどうか管理者間で話し合いが持たれたそうだが、本人が是非と言うので、その弟子として自分に白羽の矢が立ったということだった。

 

悪い噂ほど早く早く伝わるもので、間もなく自分の耳にも師匠の噂が届いた。「カゲトラの師匠やばいらしいよ。去年あの〇〇先輩が弟子だったんだけど、あの〇〇先輩でも鬱になったって」

〇〇先輩は去年の師匠の弟子で、自分にとっては兄弟子にあたる人だ。不真面目な不良社員といった先輩だったが、情に熱い先輩でもあった。兄弟子からも「頑張れよ。何かあったら俺が話聞いてやるから」と激励されたが、不安はいやが上にも高まっていった。そして、その時の自分の不安など全く甘い想定でしかなかった。

 

 

師匠は厳しい人だった。一度教わったことは二度と教えてくれなかった。乗務中はドアの開け閉めや放送案内といった作業が頻繁に発生するので、教わったことを細大漏らさずその場でメモするのは難しい。

電車が終点に着いてからまた次の電車に乗務するまでの待機時間が豊富にあったので、その時間で師匠に復習をお願いしても「さっき教えたとおりだ。何でメモしてないんだ」と言って取り合ってくれなかった。

 

次の乗務では、当然記憶が曖昧なので作業が止まることがある。そうすると烈火のごとく怒られた。その場でやり方を聞いてもなぜか返事すらしてくれない。間違えて怒られて、間違えて怒られてということを繰り返して、自分のメモは出来上がっていった。

どうしても分からないところは別の先輩に聞いてみたりしたが、それが師匠に知れると一切口を利いてくれなくなることが分かったので、師匠を頼るしかなくなった。

一本立ちに向けて日々新しいことを学ぶので、どんなにできることが増えていこうとも安寧の時間などなかった。

 

 

見習い期間は全てが師匠と同じスケジュールだ。

乗務はもちろん、ホームへの出場も休憩も食事も就寝(部屋は別だが)も、全ての時間管理を師匠と打ち合わせる必要がある。自分から「次は〇〇分にホームに出場しますがいいですか」と聞いても、師匠は自分をことごとく無視した。自分の提案がOKなら無視、ダメなら考え直せと言われた。そして、無視されるまで提案し続けなくてはいけないのだった。

これが一番心が折れることだった。勝手な行動などできるわけもない。次の行動のたびに無視されるか怒られるかなので、師匠に話しかけるのが怖くなっていった。聞いたら怒られる、といったことが続いて、常に師匠の顔色をうかがっていた。心はどんどん疲弊していった。出勤から退勤まで心が休まる暇などなかったし、休日の大半も書き殴ったメモの清書に費やさなければならなかった。

そして、次の出勤のことを思うと、休日でさえ心にもやがかかったようだった。仕事に行きたくないと母親に弱音を吐いたが、我慢して受け流すようにと助言されただけだった。何より、一度行かなくなれば二度と行けなくなるだろうことは自分が一番よく分かっていたから、逃げ道なんかどこにもなかった。

 

 

決定打は1か月弱で訪れた。

その日は師匠の機嫌が特に悪く、いつも通りに作業をやっていても細かいところを取り上げて厳しい叱責を受けていた。この頃には、希望が空になり、自信が空になり、自尊心さえ空になりかけていた。

師匠から見てあまりに自分の出来が悪かったのか、他職場の乗務員もいる詰所でメモを見せるように迫られた。綺麗に清書したメモを見せたが、それじゃないと言われ、乗務中に書き殴ったメモを見せるように言われた。師匠がメモに目を通すのをハラハラしながら見守っていたが、ふいに胸に衝撃を感じた。師匠がメモを投げつけたのだ。「こんなんじゃ分かるわけないだろうが。お前やる気ないなら車掌やめろよ」と吐き捨てられた。

この程度の叱責なら受け慣れていたが、何より傷付いたのは、自分の苦心の象徴でもあるメモをぞんざいに扱われたことと、他職場の乗務員の憐れむような視線だった。師匠にも分かっていたはずだ。あのメモを自分がどんな思いで書いているのか、かわいそうな対象として見られて自分がどんな気持ちになるのかを。

師匠は徹底的に自分を潰す気だったんだろうか。それでも口答えしたり反抗することなどできなかった。ただただ耐えて地獄が終わることを願うしかなかった。

 

 

その後の乗務中のことだ。わずかに残っていた自尊心も、さっきの出来事でなくなっていた。俺は何でこんなに仕事ができないんだろう、とずっと考えていた。

今までさんざん怒られたことや褒められたことが一度もなかったこと、同期が楽しそうに乗務している不条理などが頭の中に溢れてきて、涙が止まらなくなった。

悔しいのか寂しいのかむかつくのか、たぶんその全てが一緒になった感じで、止めようとしても涙は次から次へこぼれた。乗務中に泣くなんて。俺が泣くなんて。自分も衝撃を受けたが師匠も衝撃を受けたようで、その後の終点までの乗務は師匠が替わってくれた。自分は客室に背を向けて、ひたすら「すみません」と謝りながら泣いていた。

 

 

限界だと感じていた。

師匠を変えてもらうこともできたが、自分だけ落ちこぼれる恐怖で今まで言い出せなかった。だが、影響は体にも出始めていた。気付かないうちに左の側頭部に円形脱毛症を発症していた。髪を短く刈り上げていたので、黒の中の肌色の円は非常に目立った。

兄弟子はいつも自分のことを案じてくれていたが、自分の円形脱毛を見つけてとうとう泣き出した。どれだけ大変な思いをしたか、といった言葉を掛けてくれたが、当時の自分はそれに何も感じられないほど心が疲れていた。

円形脱毛が職場で大ごとになり、現場長に呼び出された。師匠の交代を強く勧められ、この地獄が終わるならと自分も首を縦に振った。

地獄は終わった。でも心が晴れたわけではなかった。もうあんな思いをする必要がなくなったという安堵より、ついに落ちこぼれてしまったという後悔で心がいっぱいだったからだ。

 

 

残りの1か月の見習い期間は、毎回違う先輩が師匠についてくれた。優しい先輩ばかりで、褒められもしたし雑談に花が咲いたりもした。

心のもやもやは徐々に晴れていったが、自分が白旗を上げたという敗北感は払っても払ってもつきまとっていた。

元の師匠には職場や詰所で何度も顔を合わせたが、とうとう目を合わせてくれることはなかった。師匠の顔に泥を塗ったのは他ならぬ自分なのだから、甘んじて受け入れるしかなかった。

全てがうまくいっている同期と、常に何かがうまくいかない自分と、運命なんて誰かが気まぐれに投げたサイコロの出目で決まるんだろうなと感じた。

 

 

後日談だが、車掌として一本立ちして1年ぐらいが経過すると、徐々に師匠との関係も改善されていった。初めは挨拶から。雑談を交わすようになって、当時の思いも言い合えるようになった。

師匠の思いとしては、自分を一人前の車掌にするためにあえて厳しくしていたのだという。ただ、泣いたり円形脱毛になったりということは想定外だったらしく、それに関しては謝罪された。自分も受け入れた。

車掌には3年半従事したが、ただの一度もミスを起こさなかったことと、最後まで基本動作に忠実であれたのは厳しい師匠の教えがあったからだ。車掌の器を作ってくれた師匠に、最後は感謝することができた。喉元過ぎれば何とやら、というやつかもしれないけれど。

社会人を振り返る ~駅員時代で大変だったこと~

先日、同じ職場の違う部署に入社同期が異動してきた。運転士をやめてお客さまサービスに徹したいという理由らしい。

入社同期とはいえ、彼とは新入社員研修で3週間同じクラスになっただけ、というぐらいの仲だ。取り立てて親しい間柄というわけでもないが、やはり入社同期というだけで特別な親近感があり、純粋に嬉しいなと思った。

 

 

自分たちのような現場職採用は、入社すると駅に配属され、社内試験をパスしながら車掌、運転士へとステップアップしていく。

 

今は会社の方針が変わってしまったけれど、自分が入社した頃は、「運転士までは必ずやってもらうからね」と採用面接のときに念押しされた。だから、よほど勤務態度が不良だとか適性検査にパスできないといったやつ以外は、みんな横並びで車掌、運転士へとキャリアの階段を駆け上がっていく。

 

自分も何の疑問も持たずに、ゆくゆくは車掌になって運転士になるんだろうと思っていたし、なりたいと思っていた。ちなみに、業務上のミスは試験に響かないが、遅刻や寝坊といった時間に関わるミスは試験に響くという都市伝説がある。

 

 

駅の仕事はとにかく消耗する。

 

自分は京浜東北線のとある駅に同期と二人で配属されたのだけど、駅の仕事は24時間の泊まり勤務なのだ。朝の9時から翌日の朝9時まで。ごくたまに朝の9時から夕方の17時までという日勤勤務もあるが、基本は泊まり勤務である。

途中で何回も休憩があるとはいえ、3時間ぐらいの仮眠で24時間働くというのは体力的にとても厳しく、体が慣れるまでは、非番で家に帰ると泥のように眠る日々だった。

 

1年目は改札業務を、2年目からは出札業務も任されるようになった。改札で特に消耗したのが、ラッシュ時間帯に電車が止まった時の対応だ。配属された駅は1日の乗降客数が17万人に迫るほどで、朝のラッシュ時間帯は2分おきに電車が来てもホームは常に旅客でいっぱいだった。

 

1日の泊まり勤務は管理者と一般社員の合計4人。朝の7時から8時過ぎまで、一番やばい時間は管理者と一般社員1名でホーム対応にあたる。残りの2名で出札と改札をそれぞれ1人で対応するのだが、改札に1人残される担当の時は「どうか乱れませんように」と祈るばかりだった。有事の際でも全て1人で対応しなくてはならないからだ。

 

「5分止まったら改札を閉めろ」と教わっていた。

ターミナル駅の1つ手前だった配属駅は、到着した電車がすでに大混雑していてホームで待つ旅客が一度に乗り切れない。そこに次から次へと旅客がホームに降りていくので、ひとたび電車が止まるとホームは旅客で溢れかえる。線路への転落事故やエスカレーターでの将棋倒しを防ぐため、改札を入場規制して事故を防がなくてはいけないのだ。

 

その目安となるのが5分。手元のスイッチで自動改札機を一斉にストップした後、殺到する旅客の対応と放送案内、運行状況の確認をすべて1人でこなさなくてはいけない。

朝のラッシュの時間だから旅客は当然みんな不機嫌だ。「ばかやろー」「ちゃんと放送しろ」「私の方が先に待ってたのに」「いつ動くんだよ」。浴びせられる罵声を一身に受け止めながら、ひたすら対応を続ける。

慣れるまでは、いや慣れてからもこの状況が一番嫌いだった。暴力こそ受けなかったものの、浴びせられる罵声と向けられる悪意、殺人的な忙しさでものすごく消耗するからだ。

「どうか乱れませんように」という祈りはなかなか叶えられたが、時に何かの罰なんだろうか、という事態に陥ることもあった。

 

ラッシュ時間帯の人身事故のことを、仲間内で「祭り」と呼んでいた。

人身事故が発生すると最低でも1時間は電車の運行がストップする。5分止まっただけで荒れる改札口が、1時間止まったらどうなるかは想像に難くないだろう。駅の構内は人の海になり、身動きすら簡単に取れない状況になる。殺到する旅客は全ての不満を自分にぶつけ、少しでも放送案内が途切れると信じられないような罵声が飛び交う。こっちはもう半泣きだ。

こうなると、出札担当社員が出札を閉めて応援に来てくれるのだが、1人が2人になったところで状況はそう変わらない。2人で数千人を相手にするのなんて、そもそも不可能なのだ。旅客対応と放送案内対応に分かれても、思うところは同じ。「早く動いてくれ」ということ。

旅客対応の方が心が折れるので、時間を見て前衛後衛を交代したものだった。

 

駅の構内が旅客で埋め尽くされる光景と気が遠くなるほどの忙しさを揶揄して、誰が言い出したかは分からないが「祭り」と呼び習わしていた。

乗務員と指令員との無線のやり取りを聞ける装置が改札事務室内にあって、「祭り」の開始は無線によってもたらされる。「〇〇駅進入の際、人身事故が発生しました」という一報は、駅社員を地獄に堕とすだけの破壊力があった。

「祭り」を終えて勤務解放となった後、非番者で飲みに行くという習慣もあった。共に有事を乗り切ったという連帯感みたいなものが心地よく、「祭り」の後の飲みは酒が進んだものだった。

 

 

人身事故がらみで、自分の駅で「飛び込まれた」ことは2回あった。

どちらも朝のラッシュ時間帯ではなかったのだけど、自分たちで負傷者の救出に向かわなくてはいけない、という事態に2回とも怖気づいた。でも逡巡している暇なんかもちろんない。

管理者がぱっぱと役割分担を指示して、2回とも自分は「目隠し」をした。線路からホーム上に負傷者を救出するときと、ホーム上から救急車へ負傷者を搬出するとき、負傷者が一般の人の目に触れないようにブルーシートで目隠しする役目だ。

不謹慎なので詳細は省くが、そのとき、好奇心からブルーシートの中を見てしまったことをとても後悔した。しばらく電気を消して寝れなくなるぐらい、自分はチキン野郎だということが分かった。

救出にあたった先輩に話を聞いてみると「仕事だと思うと怖くないもんだよ」と言っていたが、果たして自分はいざというときに行動できるのかとても不安だ。「1時間以内に運転再開させる」という基準みたいなものがあるので、怖いだなんだなんて言ってる暇はないんだろうけど。

余談だけど、人身事故対応にあたった後は「お清め」と称して飲みに行く習慣がある。不吉なものを酒で清めようということなんだろうけど、ただ単に飲みに行く言い訳が欲しいだけだ。それにしても、よくよく考えたら「お清め」なんて不謹慎だな。

 

駅で働いている中で、大小問わずしんどいことは山ほどあった。ここには書ききれないぐらい。でも、どんなにしんどくても頑張れたのは人に恵まれたからだ。

上司や先輩たちは、みんな厳しくてみんな優しかった。仕事はきちっとやって部下や後輩にもそれを求める。叱られたことは数えきれないけれど、それと同じ数だけ優しくフォローしてくれた。どれだけ躓いてもまた立ち上がって歩き出せたのは、絶対に上司や先輩のおかげだ。「こんな人になりたい」と思える人の大半はこの時期に出会った。

2年目になって後輩ができたとき、自分も上司や先輩たちと同じように接した。この駅のこの伝統を守っていってほしいと思ったからだ。

 

そんな風にして2年半の時間を駅員として働き、試験にパスして同期と横並びで車掌にステップアップした。今振り返ると、あの時の2年半はめちゃくちゃ大変だったけどめちゃくちゃ良い時代だったなーと思う。あの頃に戻りたいと思えるぐらい、何だか充実してたんだろう。それだけ時間が経ったってことなんだろうけれど。

 

 

その後、車掌になってからは「人」で苦労した。そのことについては改めて書こうと思う。

デートってみんなどうしてるの??

台風15号、勢力が強くてやばいみたいですね。首都圏のJR全線が始発から8時頃まで運休になるそうで、すでにこの時点で明日出勤難民になることが確定しました。交代制の仕事なので何が何でも出勤せねばならず、俺の出勤が遅れれば遅れるほど前日の泊まり勤務者の超勤が延びていくのです。あー明日本当にどうしよう。

 

 

それはさておき、デートってみんなどうしてるの??って話です。「デート」と書いてますが、恋人同士のそれはもちろん、友達同士の段階での「遊ぶ」ことも含んでいます。

 

以下は恋人同士の話。

俺はデートプランを考えるのがとても苦手で、過去何人かと付き合っていた時も、いつも何しようかどこに行こうかと悩んでいました。会うとなると「いついつに予定が合うから会おうね」ってなるパターンがほとんどで、会って何をするかは後から付いてくるのが常でした。

 

「〇〇をしたいから予定を合わせよう」ってなれば悩む必要なんかないのに、とにかく会う予定だけを先に決めちゃいたいって感じで、何をするかは日にちが決まってから考えていました。みんなこの辺ってどうしてるんだろう。

 

そして、どこに行って何をするかが決まらないと、何時にどこで落ち合うかを決められないので、日にちが決まり次第何をするかを考えなくてはいけません。

映画?街ブラ?遊園地?水族館?登山?ドライブ?家でDVDでも見る?

自分か相手にどうしてもやりたいことがあれば話は早いんですが、俺ってとりあえず会って顔見て話ができればそれでいいんですよね。二人でどっか行って何かしたいっていうよりは、とにかく会いたいというか。相手の仕事終わりに合わせて「ご飯一緒に食べよう、飲みに行こう」ってデートなら時間も場所も自動的に決まるからいいとして、丸一日時間があるって状況だと、さーどうしようってなるんですよ。会って何するんだ、と。

 

趣味が合えばすげー楽です。俺は登山とかハイキングが好きだから、同じような人だと「どこどこの山に行こう」で何をやるかは決まります。一個前の彼氏なんか登山が趣味だったんであんまり悩んだ記憶は無いんですが、登山が趣味の人なんてそうそういないわけです。

俺は山以外にこれといった趣味がないので、結局水族館とかドライブとか定番のデートコースになっちゃうんですよ。そして、そんなことを続けていると何度目かのデートでネタ切れになるんですよね。だから、会って何するかっていうデートプラン作りにとても悩む。お出掛けするのか家でまったりするのか、ほんとその段階から「うーん」てな感じなんです。相手が何でも決めてくれたら楽だなーと思うんですが。

 

 

そして以下は友達同士(仲良くなっていく段階)の話。

リアルして初回が良い感じだったら、じゃー次も会いましょうって流れになりますよね。初回は飲みかご飯かってことが多いと思います。じゃー次もって話になると、まず日にちの調整するかと思うんですが、二回目ってみなさん何してますか?二回目も飲みやらご飯なら三回目は?

 

恋人同士のときに比べて、リアルして仲良くなりましょうって段階だと、より具体的な日にちを早く決めなきゃいけないもんです。「また機会があれば」って言葉は「次回は結構です」ってのと同義ですからね。いかにあなたに興味があって次も会いたいと思っているかってことの証明が、具体的な次回の日にちの調整なのかな。初回リアルのその日に次に会う日が決まったりします。そのぐらいの方が強い証明になって、ぐっときたりしますよね。とにかく、仲良くなる段階だとほぼほぼ会う日にちだけが先に決まるんです。

 

ってことで、回数を重ねれば重ねるほどお互い気が合うってことだから、じゃー次は昼から会いましょうとかなります。そうするとやっぱり「何するか問題」にぶち当たるんです。そして問題はもっと深刻で、まだ付き合ってもいない段階なのにガチガチのデートプランを提案するわけにはいかず、勘違いさせない、されないぐらいのちょうどいいデートプランて何だろうなと。映画でも見に行ってご飯食べて公園でも行って夜は飲みに行くか。ほんとこれぐらいしか思いつかないんです。うーん、引き出しが少なすぎる。

 

前回記事にした長野の子と先日会ってきたんですが、なかなか気が合ったので次も会おうねってなったんですよ。先日会ったときは夜に長野に行って泊まって、翌日は特にお互いやりたいこともなく、ひたすらドライブして夕方に帰ってきたんですが、次は何かしようという話になってて頭を悩ませています。わざわざ長野に行くのに、夜に落ち合って飲んでバイバイもねーだろーなと。映画コースにするかハイキングにでも連れ出そうか。

自分は良くても相手はどう思うだろうかと考えると、デートプラン考えるのってほんとに難しい。

 

 

他の人のデート事情ってまじまじ聞いたことがないんですが、だいたい「次の週末会おう」とか「いついつ休みが合うから会おう」っていう日にちありきなんじゃないかな。そういう時、みんなどうやってデートプラン決めてるんだろう。こんな風に悩むことってないのかなーと不思議に思います。

綺麗売りをやめました!

最近心境の変化があって、「出会いの入口が体でも良くね?」と思うようになりました。「エッチなことするのは付き合った人とだけ」みたいな綺麗売り?してたんですが、「綺麗で売れるほど顔も体も良くねー」ってことに今さらながら気付きまして、「常識的な範囲内なら」体もOKで売り出すことにしたのです。綺麗売りはやめました!

 

 

ちと真面目な話。

俺には「初回からエッチなことすると続かない」っていう考えがありました。実際そうなった人は多いし、一度やれば満足っていう人がいるのも理解できる。後腐れなくいろんな人とやりたい人はいるし、一度やると満足したんだかこんなはずじゃなかったと思うんだか、次はいーやって思う人もいますからね。んだから俺、「初回エッチはNG」って売り方してたんです。長く続く関係を作りたかったんで。

 

でも、俺の今までを振り返るとそうじゃなかった人もいたんですよ。ある程度の期間「友達」とか「彼氏」として交流を持った人は、(最初はそのつもりは無かったけど)けっこう初回からエッチなことしたなーと。その後それぞれ別の理由で疎遠になったんですが、要は、初回でエッチなことしようがしまいが、関係が続く続かない云々は「相手次第」ってことじゃないかなと。もっと言うと「相手と俺次第」って感じかな。お互い気が合うことが関係が続く条件で、気が合わないなら初回でやろうがやるまいが続かないよねってことです。考えてみればそりゃそーだ。

 

それなのに、「体NG」にしてただでさえ少ない出会いをさらに狭めるなんてもったいなさすぎる!!気が合う人を見つけるためにNGにすべきは「出し惜しみ」だったんです!

 

 

そして、綺麗売りをやめて以降何人かとメッセージしてるんですが、明らかに体ありだなーって子が一人います。というか初回の打合せは済んでます。

 

先日、長野と新潟の県境にある妙高山に登山に行ったとき、性懲りもなくナイモンを開いてGPSを移動させて、「これから妙高山登ってきます」という、メッセージ待ちハウリングをしてみたんですね。面白いことに、普段そこらにいない新参者の注目されっぷりったら半端じゃなくて、次から次へといいねやらブリーディングやらメッセージが来るんですよ。当然長期的な関係なんてみんな求めてるわけはなく、「今晩どうですか?」ってな具合です。ストレートなお誘いもあれば、じわりじわりとハントしてくる人もいたりで、その気があるなら「狩られる」側は悪い気はしねーなーって思いました。結局登山に障るといけないんで、その日は全てお断りしたんですが。(じゃーハウリングするなって話だ)

 

で、その中の一人と今でもやり取りが続いてるんです。その子のページは「ザ・ヤリ目」って感じで写真も風景画、以前の俺なら素通りしてたと思います。でもしょっぱなに(横顔だけど)顔を見せてくれて、それがとてもとても俺のタイプだった上に、その子は「じわり」型のハンターだったんで俺が埼玉に帰ってからもメッセージが続きました(ちなみに、長野を離れてもメッセージが続いたのはその子だけでした)。

世間話から始まってお互いの目的まで。体目当ての出会いって、面倒なやり取りは抜きに詳細は会ってからってのが普通なんでしょうが、今夜行きますって距離でもないんで、日にち決めて実際会うまでにけっこうな時間を要します。ちともどかしいです。

 

また、これは人それぞれなんでしょうが、俺は初回リアルするまでは連絡を途絶えさせないようにしています。ほんとに会う気があることの証明というか、切られないための防衛というか、何かめんどくさいんですけどまめな連絡が必須だなーと。相手も同じようで、メッセージからLINEに移行してからも、けっこうな頻度でキャッチボールが続いています。体目当てなのに、ずいぶんまめな子だなーと感心するぐらい。

その中で「初回どうすんべ」って話になって、まーやるよねと。バニラがいいだの車は嫌だの、それ会ってから話してもいんじゃねってことまで事細かに打合せしました。何ていうか不思議な気分です。ちょっと前まで「エッチなことするのは付き合った人とだけ」なんてほざいてたヤツが、会ってもない相手とセックスの打合せしてるんですから。自分のことながら、人ってほんと変わるもんだなって感じです。

 

 

ちなみに、その他にメッセージしている人とは「来週以降」とか会う目途が立たない状況なんです。やるやらないの話はしてなくて、「ぜひ一緒に飲み行きましょう」って段階なんですが、俺はちゃっちゃと会っちゃいたいんですよね。一日かけてメッセージしたことって会って話せば10分かそこらで終わるだろうし、何といっても顔が見たいしちゃんと話せる人なのか知りたい!!でも仕事が忙しいと言われると返す言葉がなくって。メッセージのネタも尽きてきて、もったいないですけどこのまま音信不通になるかもしれんです。

LGBTs向け交流会『井戸端ばなし』に参加してきました


今日は ing!! という団体が主催するLGBTs向けの交流会『井戸端ばなし』に参加してきました。

アプリでの出会いはあまりに効率が悪いので、交流イベントみたいなものなら顔も見れるし人数も多いし真面目な動機でみんな参加するし、一度行ってみるかと決めました。Twitterでいろいろ情報収集してみると、交流会や座談会、ワークショップとかって意外に多く開催されてることが分かり、その中から、近場で日程が合った今回の『井戸端ばなし』に行ってみることにしました。

 

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井戸端ばなしとは、ざっくり言うと「話のタネ」というテーマについて自由に話し合う交流会です。参加はLGBTsであってもなくてもOK。Ally(アライ。LGBTsに理解があって支援する人たちのこと)であれば参加OKらしいです。

 

会場は駅前の商業ビルの上階にある貸し会議室で、恐る恐る扉を開くとスタッフの方が2名、参加者の方が1名いました。受付をして名札代わりの三角札にニックネームを書くと、後は開始までやることがなくなってしまいます。スタッフの方は準備で忙しそうにしていますし、参加者の方に「今日は何人ぐらい来るんですかねー」とか話しかけますが、初対面苦手な俺は会話を盛り上げることができずにキャッチボールは2往復ぐらいで打ち止めになりました。後はお茶を飲んだり自由に食べていいお菓子をつまみながら開始を待ちます。

 

開始間際になって2名の参加者が到着し、スタッフの方含め総勢6名で井戸端ばなし開始となりました。まずは一人ずつ自己紹介して、「話のタネ1」について1時間ぐらい話して、10分ぐらい休憩して、「話のタネ2」について1時間ぐらい話すといった流れです。

約束事として話した内容については書けないのですが、セクシャリティがゲイであるのは俺一人だけでした。最初はお互い様子見なので会話がなかなか弾まなかったんですが、スタッフの方がうまく話を振ってくれるので沈黙して気まずいという雰囲気ではなかったです。「話のタネ1」の間に場が温まってきてだんだんと自由に話せるようになり、話のタネから話題が外れてもOKなので、気になったことは言葉を選びながら何でも聞けますし逆に質問もされます。私生活の話から始まり、セクシャリティゆえに感じる生きづらさ、セクシャリティに関する意見に対する自分の感覚など、基本的には真面目な話し合いでした。

 

始めはどうなることやらと思いましたが終わってみると話は大いに盛り上がり、もっと話したかったなーというのが今の感想です。ゲイが俺一人だけだったのでゲイの出会いという意味では不発でしたが、他のセクシャリティの方とこうやって話すのは初めてだったのでとても勉強になりました。一般人よりはLGBTsに関して感度が高いと思っていたんですが、結局俺はゲイに関することだけしか知識がなく、他のセクシャリティの方の生きづらさを生の声で聞いてみて、ただただ「へえー」と感じました。俺が当たり前にやっていることも当たり前じゃない人がいて、生きづらさを感じているということが分かっただけでも今日行って良かったなと思います。

口下手だけど真面目な話し合いは好きなので、こういった交流会には積極的に参加していきたいです。

 

最後に、帰りのエレベーターで社交ダンス後と思われる若者たちと乗り合わせたんですが、若者たちが下ネタを話し始めたんですよね。若者グループの一人が「普通の人たちがいるんだからやめろよ」と制止したんですが、エレベーターを降りた後にスタッフの方が言った「わたしたちの何を見て普通と思ったんだろうね」という一言が印象的でした。俺から見たら若者たちの方が「普通」なのに、「普通」の人たちから「普通」と言われて何だか悔しいようなうらやましいような気持ちになりました。

初めて『ロウリュ』というものを体験してきました

今日は職場の先輩たちと連れ立って、6人でスーパー銭湯に行ってきました。お邪魔したのは『天然温泉 花咲の湯』という上尾にあるお風呂屋さんです。

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今の職場には温泉好きが多くて「みんなでお風呂に行こうよ」と常々話していたんですが、仕事柄全員休みという日がなく、非番や年休を調整して計画から2か月、やっと今日実現させることができました。

 

11時に大宮駅に集合して先輩のハイエースで花咲の湯に向かいます。平日の昼間ということもあって混雑はしておらず、かといってガラガラというほどでもないちょうどいいぐらいの混み具合でした。

お風呂に入ってから岩盤浴も楽しもうという計画だったのでまずはお風呂に入りますが、お風呂とはいえ人前で服を脱ぐのって抵抗ないですか?俺は下半身に自信がないのでできればタオルで隠したいのですが、先輩たちは堂々として隠す素振りも見せません。ノンケってば前は隠さないもんなんですかね。一人だけ隠すのも恥ずかしいというか悔しいので、俺も「全く気にしてませんよ」といった感じでフリチンで浴場に向かいました。着替える時にちらっと先輩たちの「モノ」を見てみたんですが、「俺そんなに悲観することはないな」という感想でした。

 

内湯には真水を使った泡風呂や入浴剤を入れた替わり湯、ジェットバスなどがあり、露天には源泉を豊富に使った浴槽がいくつかあります。源泉は茶褐色の海水といった具合で舐めるとしょっぱく、肌に付着した塩分やミネラルが保温の役目を果たしてくれる「熱の湯」です、と説明書きがありました。

温泉の入り方として、何となく自分の中で「内湯から始めて露天で締める」みたいなものがあるんですが、一人だけ勝手に動くのも何なんで今回は先輩たちに付いて露天の源泉掛け流しの湯から入ります。俺は長湯ができないので結局は勝手に湯めぐりを始めちゃったんですけどね。

 

1時間ほどお風呂を楽しんだ後に一度あがり、食事をしてから岩盤浴に向かいました。実は俺、スーパー銭湯には何度も行ったことがあるんですが、いつもお湯に浸かるだけで岩盤浴は今回が初めてだったんです。銭湯はお湯に浸かるものと考えていたし、お湯に浸からずに汗を流す岩盤浴って何が良いのか分からなかったからです。それに追加料金がかかりますしね。そんなもんだから、専用着の下がノーパンっていう状況にとてつもない不安と違和感を感じました。「今ズボンが脱げたら終わる」って思うとパンツ穿いてる安心感ってすげーなと思います。

 

岩盤浴は55℃、50℃、45℃の汗を流す部屋が3つと、5℃のクールダウンの部屋の全部で4つあります。55℃の部屋はいわゆるサウナで、焼けた石が積まれた周りを2段敷きの木の腰掛台がぐるっと取り囲んでいて座って汗を流します。50℃は敷き詰められた砂利の上にマットを敷いて寝転がる部屋、45℃はつるっつるの大理石のような石の上にマットを敷いて寝転がる部屋です。砂利や石にはかなりこだわりがあるようでしたが、家に帰れば忘れてしまうぐらいの興味しかありませんでした。

 

温度だけ見ると「へっ、大したことねーな」って思いますが、遠赤外線だかの効果で普通のサウナ以上に汗が噴き出してきます。俺の体には砂利の部屋が一番合っていたのか、入ってものの5分も経たないうちに顔から頭から腕から足から、とにかく全身からドバドバ止めどなく汗が流れ落ちてきました。おしゃべり禁止の部屋なので出るタイミングも相談できず、そそくさと脱出します。

 

不思議だったのは、大量に汗をかいたにも関わらず肌がすべっすべだったこと。仕事中にかく汗は肌をベタベタにするので、よく分からないですけど汗の種類が違うんでしょうね。こりゃ人気も出るわけだ。

 

そして、初めて「ロウリュ」というものを体験しました。55℃の部屋の焼けた石にアロマ水をぶっかけ、高温の水蒸気をスタッフの方がでかい団扇で仰いでお客さんに浴びせるというイベントです。開始5分前ぐらいに焼けた石の部屋に入りましたが、待っている間にも汗が噴き出してきます。10分ぐらいで終了すること、気分が悪くなったら即座に退出すること、一度退出したら再入場はできないことなどの注意事項が伝えられ、ロウリュ開始です。バサッバサッと仰がれて体にかかる水蒸気は100℃ぐらいあるらしく、熱いのと痛いのが同時に押し寄せてくる感じです。「両手を挙げて熱波を感じて」「手拍子して」「わっしょいわっしょいと掛け声をかけて」とスタッフの方が盛り上げてくれて、部屋の中はさながら裸祭りのようです。熱痛いのと部屋の中の一体感で何だか現実離れした恍惚感みたいなものを感じました。熱さと痛さで苦しくていますぐ部屋から出たいのに、一人だけ楽しい輪から外れたくない。そんな思いです。

 

ロウリュが終わってクールダウン部屋で一休みすると、下山して登山口に辿り着いた時のような時のような激しい疲労を覚えました。めちゃくちゃ疲れてるんだけどめちゃくちゃ満たされてる感じです。汗をかくってそれだけで体力を使うってことですね。すごくリフレッシュできたんでまた行きたいな。

 

余談ですが、今回お邪魔した「花咲の湯」ですが、ハッテン銭湯という一面もあるようです。ハウリングで名前を見かけることもありますし、某掲示板のエリア板にも名前が出てきます。それを知っていたので先輩たちに不審がられない程度に周りを観察したのですが、昼間っからはさすがにそれっぽい人は見当たりませんでした。何人かめちゃくちゃタイプのオニーサンはいたので、ゲイ的視点でも行って良かったなと思いました。

実のある出会いは都市部と地方のどっちに分があるの?

こっちの世界の出会いっていろんな形がありますよね。入口だったらアプリ、掲示板、バー、発展場、ゲイ向けイベントなど。出口だったら知り合い、友達、恋人、セフレなど。どんなツールを使ってどんな出会いを求めてるかは人それぞれですが、実のある出会い(俺基準ですが、友達や恋人など精神的にお互いを必要とし合っている関係性)を求めている俺にとって、都市部の「替えがいくらでも利く」状況ってとても分が悪いなと思っています。

 

俺はゲイの友達がほとんどいないんですが、数少ない何でも話し合える長年の友達が山形の地方部に住んでいます。そいつは10年ぐらい前まで都内に住んでいて、当時流行った「メンミク」を通じて知り合いました。お互いタイプじゃなかったのに何故か気だけは合って、仕事の都合で友達が山形の実家に帰ってからも、なんだかんだで10年越しの付き合いになっています。東京にいたときは「いい人って全然見つからないよねー」とお互いの傷をなめ合っていたのに、山形の実家に帰った後そいつにはゲイの友達が何人もできて、恋人も何人も変わっているんです。補足しますが、友達は普通にしていればノンケにしか見えない風貌でゲイ受けはせず、いわゆるイケメンでもありません。

 

何度か友達に会いに山形の地方部まで行ったことがあるんですが、まーアプリ人口が少ないんですよ。当然っちゃ当然ですけど。地方部とはいっても日本海側でそれなりの規模を誇る都市なんですが、同じ都市部だと思われる人はせいぜい40人程度で、1ケタ台の距離がいきなり20kmとか30kmとかになる感じです。都市部とはゲイの分母が全然違うんですよね。それなのに、分母の大きい東京では出会いが全然無かった友達が分母の小さい地方で友達や恋人を次々見つけているのが不思議で不思議でならなかったんです。例えば「100人に1人自分と気の合う人がいる」という法則があるとして、40人そこそこしかいない地方では0人であってもおかしくないわけですからね。

 

なんで人が少ないのにそんなに人間関係が豊かなのか友達に聞いてみたら、「人が少ないからじゃない?」と言っていました。掘り下げて聞いてみると「人が少ないから会える人には会うし、人が少ないから何回も会うことになるし、人が少ないから噂がすぐ広まって悪いことできないしね」とのことです。どうやら「人が少ない」ということは「相手は選べない」けど「選んだ相手を大切にする」ことに繋がるようです。都市部とは逆なんですね。都市部は「人が多い」から「相手はいくらでも選べる」けど「替えが利くからすぐに次に行く」環境なんだと思っています。切った切られたの世界というか。

 

よく友達に「埼玉は人いっぱいいていいよね。すぐ出会えるでしょ」と言われるんですが、そんなことないんです。さくっと欲望を満たすだけなら近所でもすぐに見つかるでしょうが、実のある出会いを求めている人と繋がって関係を築くのなんて、宝くじを当てるようなもんじゃないかとさえ思っています。「この人こそは」と思える人がそもそもそんなにいないですし、「この人こそは」と思った相手に「この人こそは」と思ってもらえないとスタートラインにも立てないんですから。

「替えがいくらでも利く」とは思ってないけど、「相手をいくらでも選べる」状況だとよほどパーフェクトな人でなければ悪いところが無いか探しちゃうんですよね。顔がいけるかどうか、身長体重はどうか、年齢は守備範囲内か、ヤリ目じゃないか、相方持ちじゃないか、プロフィールはちゃんと埋めてあるのか、話が合いそうか、メッセージの頻度と内容は俺に興味があると言えるのか。青い鳥症候群なんだと思う。一つ一つの出会いを大切にしようと思いながら、反面、選べる人が多いとジャッジがものすごく厳しくなる。厳しくしてるつもりはないし選べるような容姿でもないんだけど、無意識にジャッジして選別してるんだと思う。良いところを見つけようとしてるのに悪いところを探して見つけて、他にもっといい人がいるかもしれないってなっちゃう。それが「この人こそは」と思える人がそもそもそんなにいないって考えに繋がってる。

リアルしても同じことで、せっかく会ってるんだから楽しもうと思っても、知らず知らずのうちに悪いとこ探ししてジャッジしちゃうんだよなー。友達止まりだなとか、付き合いたいなとか、二度目は無いなとか。ジャッジするのが良いか悪いかってのは置いといて、「他にもいるかも」と思うと不必要にジャッジを厳しくしてないかって思うんです。そのせいでもしかしたら実のある出会いを自分で摘み取ってしまってるのかもしれないなと。

 

わんさか書きましたが、山形の友達も一応ジャッジはするみたいです。でもとりあえず会っちゃうそうです。周りもそんな感じだそうで、会うまでのハードルが都市部より低くて、なおかつ二度目三度目と会うハードルも都市部より低いんだと思います。それが人間関係の豊かさに繋がってるんでしょうね。人間関係の中には「合わない」人もいるらしいですが、それ以上に「合う」人もいるとか。うらやましいなあ。ジプシーよろしく気の合う人を延々探し続ける都市部と、気の合わない人も含めて狭いコミュニティに属する地方と、実のある出会いを探すには都市部と地方とどっちに分があるんだろうという話でした。